地球というオープンワールドで「おつかいゲー」をやってみた
執筆:齊藤充司
日常から非日常へ
「勇者よ 西の地に赴き 伝説の鳥を探してくるのじゃ」
ドット絵で描かれた王様からの無茶な要望に応えるため、時間を忘れて冒険をしていた少年時代。
いくらレベルを上げても、現実の世界で魔法を使えるわけではないのに、夢中になってコントローラーを握り続けていたあの頃は、無限とも思える時間を持っていた。
あれから月日は流れ、年齢を経験値とするならば俺はレベル37になり、ドラゴンクエスト5の主人公と同じ家族構成で、住宅ローンという名の魔王と戦う生活を送っている。
ある平日の朝、今日もいつもと変わらない一日が始まるのかと、鬱屈した気持ちで目が覚めると、枕もとに奇妙な本が置いてあった。
「なんだ これ……?」
手のひらに収まるほど小さなその本を、寝ぼけ眼で見つめていると突然うしろから声をかけられた。
『わしは さんぽ神 じゃ』
突如として現れた神と名乗る男は仙人のような姿をしており、床ぎりぎりの低空を雲の上に乗り浮かんでいた。
手にはリードを携え、その先には二足歩行の白い小型犬がつながれている。
あまりの非日常に言葉を失っていると男はこう続けた。
『その本を持って冒険に出かけるのじゃ』
見ず知らずのその男の言葉には有無を言わせぬ説得力があった。
俺はなぜか、この本を持って出かけなくてはならないという使命感に駆られ、すぐに家を飛び出した。
会社には有休の連絡をしよう。
冒険のはじまり
しとしと雨が降る中、俺はひとまず駅に来ていた。
今朝の出来事は荒唐無稽であったが、不思議と受け入れている自分がいる。
新世界の神になろうとしていたキラがノートを拾った時も、きっと同じ気持ちだっただろう。
家から持ち出した例の本を改めて開くと、中に使用方法が書かれていた。
1. この本を持って外に出かけます。複数人で一緒に遊ぶこともできます。
2. まず、本の前半 50 ページから どこか 1 ページを適当に開き、読みます。前半 50 ページには 「どこで」 が書かれています。
3. 次に、本の後半 50 ページから どこか 1 ページを適当に開き、読みます。後半 50 ページには 「なにをする」 が書かれています。
4. この「どこで」「なにをする」 の組み合わせが、今回あなたにさんぽ神から与えられた 「おつげ」 になります。
5. この「おつげ」に従って散歩をすると、良いことがあるかもしれません。(ないこともあります)
6. 気分がのらなかったり実現の難しそうな「おつげ」は、ページをめくり直しても構いません。
どうやら名前を書いても誰かが死ぬわけではないらしい。
使用方法を一通り把握した俺は、さっそく神のお告げを授かるためにページをめくった。
「10駅先で電車を降りてやたらと怖がってみよう……か」
いまいちピンとこないお告げであるが、これが神の思し召しなんだろう。
さっそく駅に入り路線図を確認した。
ここから10駅先は東に向かうと飯田橋で、西に向かうと西国分寺だ。
俺は都心方面の飯田橋へ向かうことにした。
10駅先で電車を降りてやたらと怖がってみよう
「怖がる……か」
真昼のオフィス街のどこに恐怖が隠れているのか見当もつかないので、とりあえず適当に散策することにした。
いつもよりゆっくり色々なものを眺めながら歩く街は、普段の何倍も解像度が高く、とても新鮮な気持ちになった。
しばらく歩くと大きな広場を見つけた。
遊具やベンチの無い純粋な広場だ。
これだけ広ければキャッチボールどころかサッカーもできそうだ。
公園の少ないオフィス街にこういった空間があるのは、子供たちにとって喜ばしいことだろう。
え、球技禁止!?
逆に何するの!?
何のスペース!?
しかもわざわざ同じ内容の掲示を2枚並べる!?
執念、怖っ!!
何でも禁止だな、おい。
あれか、そもそも子供向けじゃなくて、サラリーマンの憩いの場として活用されてるのか。
ベンチも無いからお昼にお弁当を食べたりはできないけど、仕事帰りに同僚と缶ビール片手に立ち話するには良さそうではある。
飲酒も禁止!!
アメリカか、ここは!!
茶色い紙袋で中身見えないようにして飲んでやろうか!?
何でも規制する世の中、怖いなぁ。
俺は広場を離れ、また歩きだす。
うおっ、こんなオフィス街なのにヤンキーいるじゃん!
怖っ!
ワーム系のモンスターみたいで怖っ!
目から血を流したみたいになってるし!
すっかり夢中になっていると、いつの間にか隣駅まで来ていた。
最初は神のお告げに従うことに何の意味があるのかと半信半疑だったが、実際にやってみると非常に興味深いもので、何かに似ていることに気がついた。
「これ、ロールプレイングゲームみたいだ」
ロールプレイングゲームとは、王様から城下町に出没するドラゴンの討伐を依頼されたり、病の村人を救うために魔物の出る洞窟を探索し希少な植物を採取したりと、いわゆる「おつかい」のようなクエストを繰り返すことで物語を進めていくテレビゲームの人気ジャンルである。
さんぽ神のお告げに従って街を歩く行為は、まるで現実世界でロールプレイングゲームをしているようだった。
俺は早く次の冒険に出たいという気持ちを抑えきれず本のページをめくった。
「南へ向かって歩いて誰かがした工夫を探そう……か」
南へ少し歩くと皇居がある。
江戸城の跡地には敵の侵入を防ぐさまざまな工夫が今も残っていることだろう。
俺は足早に歩を進めた。
南へ向かって歩いて誰かがした工夫を探そう
皇居閉まってるし!怖っ!
江戸城の跡地である皇居は濠に囲まれており、中に入るためには数カ所ある橋のいずれかを渡る必要がある。
今日はその全ての橋が封鎖されていた。
俺は中に入ることを諦め周囲を散策することにした。
攻城する側にとって濠の攻略は非常に重要であった。
外堀を埋めるという言葉もこの濠から来ている。
どうにかして忍び込めないか周囲を調べたが、結局、泳いで渡ったうえで石垣を登るという方法しか見つからなかった。
令和の現代においても、濠の効力は発揮されている。
現代の建築物ではなかなか見ることのない巨大な門が敵の侵入を防ぐ。
門を破って侵入したところで濠の向こうの石垣から飛ぶ矢の雨に数多の兵士が倒れるだろう。
有事の際に跳ね上げることで敵の侵入経路を限定し、兵力を集中させることができる。
近代的なビルに囲まれた江戸城跡。異質な組み合わせだがどこか風情を感じさせる。
朝から降り続ける雨は一向に止む気配がないが、俺はまた新しいお告げを授かるために本を取り出した。
「自分は場違いかも?と感じる場所で激安のものを探して買おう……か」
地図で周辺を確認すると数キロ先に銀座の文字を見つけた。
高級ブランドショップが軒を並べる銀座は日本で一番地価の高い街だ。
自分が場違いであることは明白である。
自分は場違いかも?と感じる場所で激安のものを探して買おう
雨の中、数十分歩きようやく銀座に着いた。
1平方メートルあたりの地価が2,400万円もする銀座で激安のものが見つかるのか。
これは時間がかかりそうだと覚悟を決めて歩きだしたその時、見慣れた看板が目に飛び込んだ。
脳内であのメロディが流れる。
ここしかない。
俺はすぐに店に入った。
買うものは決まっていた。
3つ目のお告げを終えたところであたりはすっかり暗くなっていた。
ゲームは一日一時間と制限されていた子供の頃とは違い、今はすっかり大人である。
自分の事は自分で決める。
俺は更なる冒険を求め、本のページをめくった。
「友達にオススメされた場所で歴史の跡を探してみよう……か」
俺は友人に電話をかけた。
『歴史を感じられるオススメのスポットか。んー、そうだなぁ』
電話の向こうで逡巡している様子が伺える。
この友人は昔からどんな些細な事にも真摯に向き合ってくれる。
数十秒の沈黙のあと、友人から提案があった。
『タイのアユタヤ遺跡に行ってみたら?』
「いや、さすがに…」
と言いかけた瞬間、背中に強烈な視線を感じた。
振り返るとそこには仙人の格好をしたあの男が立っていた。
「さ、さんぽ神…」
今朝とはまるで別人のような禍々しいオーラを身にまとった男の目は赤く怪しく光り、身体の周囲には紫色の稲光のような火花がバチバチと弾けている。
俺はさんぽ神に射すくめられ、気がつくと友人へこう告げていた。
▶ はい
エピローグ
夫が、突然、会社を休むと言って家を飛び出してから1年。
警察に捜索願を出し、実家のある北海道の義父にも相談したが、未だに行方不明のまま。
女手ひとつで幼い子ども二人の育児をする毎日はとても大変だが子供の笑顔が唯一の救いだ。
今日はいつか帰ってくるだろうとそのままにしていた夫の部屋を片付けて、気持ちの整理をすることにした。
部屋に入ると机の上に不思議なものが置いてあった。
「あれ、こんなものあったかな」
そこにあったのは昔のゲーム機のソフトだった。
タイトルが記されていたシールは剥がれており、裏を見ると夫の名前が書いてある。
好奇心からそのゲームを遊んでみることにした。
押し入れから埃の被った古いゲーム機を取り出しテレビに接続する。
電源を入れるとぼんやりと画面にタイトルが浮かび上がる。
どうやらロールプレイングゲームのようだ。
夫は主人公に自分の名前をつけており、レベルが38になっていた。
ゲームの中の夫はジャングルの奥地へ何かを探しに行くところだった。
この記事を書いた人:さいとうあつし
北海道札幌市出身のすごろくや営業マン。気さく。